興善町
興善町(こうぜんまち)
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博多の豪商末次興善(末次興善は後に長崎代官となる末次平蔵の父)が長崎に来て、たてた町と言われている。後に後興善(ウシロコウゼン)や新興善(シンコウゼン)などの町が出来る。 昭和38年、新町(シンマチ)や本興善町(ホンコウゼンマチ)の全部と興善町(コウゼンマチ)、豊後町(ブンゴマチ)、引地町(ヒキヂマチ)、掘町(ホリマチ)、本博多町(モトハカタマチ)の一部を合併して現在の町域となっている。
傘鉾
<飾>
八足に烏帽子、鈴をいただき、両側に紅葉を配す。
<輪>
しめ縄。
<垂>
塩瀬羽二重、裾より上方にかけて緋の隈取り、上部に五彩の瑞雲、三社紋。
奉納踊
「本 踊」(石橋(しゃっきょう)) (明治、大正の頃は「小薩摩」などを奉納)
昭和16年 傘鉾のみ奉納。
昭和60年 時秋宮日宴弥獅子賑(ときはいままつりのにわにししのにぎわい)
平成5年 時秋宮日宴弥獅子賑(ときはいままつりのにわにししのにぎわい)
平成12年 時秋宮日宴弥獅子賑(ときはいままつりのにわにししのにぎわい)
平成19年 時秋宮日宴弥獅子賑(ときはいままつりのにわにししのにぎわい)
平成26年 時秋諏訪宮日獅子賑(ときはいますわのまつりにししのにぎわい)
参照
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このページは興善町に関する書きかけ原稿です。